自動翻訳があるいま、言語を学ぶ意味は キャンベルさんを導いた金言
ニューヨーク出身の日本文学研究者ロバートキャンベルさんは約45年前、大学1年生のとき、日本の古典に出会いました。この道で学んでいくきっかけに、恩師の金言があったといいます。
自動翻訳が発達した時代にあえて外国語や古典語を学ぶ意味とは――。米国の山中で日本語を猛勉強した日々を振り返りながら、語ってくれました。
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――自動翻訳も精度が上がってきた時代に、外国語や古典語を学ぶ意味は何でしょう。
まず、日本の古典語は、世界の書記言語の中でも言語態が非常に多様なので、自動翻訳が本格的にできるようになるのはかなり先のことだと思います。
それでも、いずれは精度は上がっていくでしょう。
ただそれはあくまで翻訳であり、原文ではないんです。
――翻訳が発達してなお、原文で読む意味は。
ロシア文学や日本文学を英語で読んでも明らかなように、織り込まれている響きやニュアンスについて、翻訳で読み取れるのはごく一部です。
現代日本語には相当しない複雑なニュアンスこそ、自文化にはないものなので、学ぶことで自分が豊かになります。また、機械の翻訳では、内容に深くかかわるリズムや音韻は再現できません。
例えて言えば、リモートではなく対面でないと伝わらないニュアンスのようなものです。
その時代の原文をたくさん読み込むことで当時の絵が立体的に見えてくるように、学ぶことの意味や喜びや醍醐(だいご)味は、原文に向き合うような「リアル」があってこそ感じられるものです。
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